【日記】26回目の誕生日(ちょっと重い話あり)

categories 日記 | scot_exist | datetime 2011年1月21日 03:46 | コメントは受け付けていません。 | Save & Share

こんばんは☆

久しぶりの更新が日記ですよorzもっとがんばってちゃんと書くように頑張ります☆

とりま、今月の1月20日に26回目の誕生日を無事迎える事が出来ました。

沢山の方からお祝いの言葉を頂いたり、プレゼントを頂いたりしてほんと感謝感激です☆

腕時計、CD、本、エヴァのエントリープラグの箸、うまい棒(年齢分)、誕生日ケーキetc…
ほんと感謝です☆みなさんありがとう☆

誕生日を迎えるたびに思う事ですが…
本来死ぬはずだった年齢の約7倍も生きる事が出来て本当に幸せだと思います。
まだ、色んな事が体験出来るし、知る事が出来る。
頑張れば頑張った分だけ自分に返ってくる。
自分の存在が、誰かの役に立つ事が出来る。

なんか未来があるってすごいっすよねっ!
映画のパクリになりますが、

「明日が来る事の奇跡」

ほんとそう思います。

……


実は自分2回ほど本当に死に掛けてるんですよ…

4歳の時と6歳の時に。

4歳の時は、よくある話かもしれませんが、お風呂で溺れました…
当時、お酒をおじいちゃんに貰っていて、ほろ酔い気分でお風呂に入ったとき、
フラフラになってお風呂で溺れたって話。
気絶して浮いてた自分を、気にして見に来てくれたおじいちゃんが助けてくれたって話です。
まぁこっちはよくある話ですね。





※注意:ここからは、ちょっとグロテスクな表現が含まれていますので、心臓の弱い方はお控えください。









こっからはもうひとつのお話。

6歳の時は、ちょっと病気に掛かりまして、対応があと数時間遅かったら、完全に死んでいたという話です。
知り合いはよく聞いてる話かとは思いますが、ちょっと記録として残しておきたいと思います。

6歳ごろ、私は盲腸に掛かりました。
そのため、極度の腹痛にみまわれていたのですが、当時の自分は普通の腹痛と区別が付かず…
風邪なのかなと思っていました。

当然、親も風邪だろうと思っていたらしく…
小さいころからお世話になっていた行きつけの内科へ行きました。
そうすると、「ただの腹痛なので」と言うことで鎮痛剤やら風邪薬とかを処方してもらい、様子を見ていました。
当然ですが、そんな処置では一向に良くならず…
今度は大きな病院に行く事になりました。

そこで、レントゲンを撮る事で、初めて盲腸だということが判明しました。
結構進行していたので、すぐに入院する事になり、手術を受ける事となりました。

この手術では普通の盲腸の手術と同じくらいの大きさ(約2~3cm)だけ切りました。

数日後、手術を行ったおかげで元気になった私は、同年代の子達と一緒に遊べるくらいになりました。

当時は
作ったプラモデルで遊んだり
「ペキッ」と折ると「クルクルクル」と丸まる変な棒で遊んだり
○○ゴッコをしたり
病院の薬のキャップでおはじきとして遊んだりしてましたね。



そしてその数日後、
容態は再度悪化。
腹痛と気分の悪さで、ベッドから降りられなくなりました…

慣れない手術と病院。ホームシックのせいで元気が無くなっているだけのようにも見えたそうです。

当然親は心配し、お医者さんに容態を確認します。

しかしながら、お医者さんは
「手術は成功しました。成功しているので回復に向かっています」の一点張り
お医者さんが言うので、親も強くは言えません。
様子を見続ける事となります。

そんなこんなで数日
私の体調はほんとひどい状態にまで陥る事となりました。

当時お見舞いに来てくれた幼稚園の先生や、親戚の人などから聞いた話によると
子供のくせに死にそうな顔をしてまったく元気がなかったとの事。

そんな中、たまたまお見舞いに来てくれた、親戚のおばさんが私の様子を見て
「こんな顔して元気が無いのに、手術が成功しているはずがないっ!」

と思ったらしいです。
その時、親はお医者さんから受けた説明を親戚のおばさんにもしたそうです。

でもおばさんは
「どうも様子がおかしい、どう考えても、良くなっているようには見えない。本当は手術は失敗しているんじゃないか?」
と察してくれたようで、

お医者さんに掛け合ってくれたそうです。

しかしながら、ここでもお医者さんは、「成功しているので、問題ない」の一点張り…

そこでおばさんは、
「お金ならあるから、もう一度お腹を開いてきちんと診てください!」
と頼み込んでくれたそうです。

そんなこんなで2度目の手術をする事になりました。

短期間でお腹を2回も切ることになりました…
切り開いてみると、盲腸が腹膜炎を起こしており、体内中、膿だらけになっていたそうです…
まぁそんな感じなので、もう「吸い出す」とか「取り除く」ってレベルじゃなかったそうです。

そのため、他では聞いた事も無いような処置を受ける事になりました。

その処置とは
内臓をすべて一旦、体外に取り出し、血液と同濃度の塩水に付け血液の流れを最小限に留めて
臓器を一つ一つ、手作業で揉み洗いする事になったそうです。

当然内臓すべてを取り出すので、お腹はかなりの量切り開いてます…
大きさにして約30cm弱、当時の体の大きさにしてはひどい大きさです…
「お腹」と呼ばれる部首を一刀両断したような大きさです。
肋骨の分かれている部分から、男の子の数cm上まで切り開かれてました…

大人になった今でも30cmくらいの傷口は残ったままです。
当然成長しているのでお腹を占める割合的には減っていますが、結構大きな傷跡ですね

残念な事に、傷口がお腹の下の方に移動しているので、どうやら胴体の方が多く伸びたようです…
短足が余計に分かります…

まぁこんな処置は普通しないとの事ですが、
発見が遅かった事で、腹膜炎を起こしており、なおかつ子供。
また、発見が遅かった事で、膿が体内全体に進行しており、数時間で首に達する状態(首に達したら死ぬらしい)
って事で、仕方なくこの方法をとったそうです…


手術後は、また元気を取り戻して病院内の同年代の友達と遊べるようになりました☆



だがしかしっ!

これで終わりじゃないっ!!!


なんと、再発…

どうやら、体中に侵食していた膿の生き残りがあり、体内で増殖。
ベッドで寝ている間に、背中に進行。

再度手術の必要性が出てきた。

さすがに温厚な、親も親戚も「2度の失敗をした病院はもう信用できん!!」って事で、
有名な外科医がいる別の大きな病院へ移転

そこで3度目の手術を受ける事に。
3度目の手術はこれ以上、子供の体に傷跡を残さないように、以前切った傷跡に対してメスを入れるように切り開いてくれたそうで、
追加の傷跡はありません。
一部に2度切った箇所があるため、傷跡が太い部分もありますが、新規の傷はないです。

今度は本当に成功し。
回復の一途をたどりました…
とさ。


何はともあれ、「死ぬ」事からはなんとか逃れられたわけです…
でも、本当にあと数時間遅かったら…死んでいたそうです。
あの日、おばさんが来てくれなかったら、おばさんがお医者さんに講義してくれなかったら、
たぶん。今私は生きていません。
今、「友達」や「仲間」「先輩」「後輩」「師匠」「上司」と呼べる人に出会う前から私は存在していなかったかもしれません。

私と関わった事のあるすべての人、私が関わった物事、事象。
それはすべて奇跡なんだと思います。

なので自分自身、中学生なってきちんと理解できるようになってからずっと
「本当は6歳までしか生きられなかったはずなのに、今生きてる事は奇跡なんだな」
「自分に出来る事を精一杯して生きていこう」
「自分と関わった事あるすべての人に感謝しよう。それが例え「自分が嫌いな人」であっても」
と思うようにしています。
誕生日を迎える度に思う事なのですが、まともに文章として起こすのは初めてかもしれないなぁ。

文章苦手なので、きちんと書けていない部分も多いと思うけど…
まぁ。それも自分だ!書いた事に意味があると思うようにします。


ってなわけでこれからも
ほんと色々と頑張っていこうと思います☆

27年目の佐藤広幸もどうかどうかよろしくお願いいたします。

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